春雪の候。
史上、最速で 桜も 開花しだしたと いいますが、まだまだ 雪が降ったりと 寒いですね。
本格的な 春の訪れが 待ち遠しい、今日この頃です。
「シュウプロの よもやま話」
今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・
3月17日は、‘漫画週刊誌の日’ 。
テレビの普及と共に 1959(昭和34)年の この日、日本初の 少年週刊誌 ‘少年マガジン’ と
‘少年サンデー’ が 創刊されました。
マガジンと いえば、‘巨人の星’ や ‘明日のジョー’。
サンデーは、‘まことちゃん ’ ‘男組’ ‘うる星やつら’・・・・・etc。
懐かしいですね。
当時、講談社発行の 少年マガジンは、一冊40円で 表紙は 大関・朝汐。
小学館の 少年サンデーは、30円。
表紙を飾ったのは、野球界のスーパースター、長嶋茂雄 でした。
さて、この 週刊漫画誌の 歴史を たどると 1962年には、週刊‘少女フレンド’
翌1963年には、月刊 ‘りぼん’ を出していた 集英社が 週刊 ‘マーガレット’を 創刊。
同年には、第三の 週刊少年誌 ‘少年キング’が 創刊され、‘アパッチ野球軍’ ‘ワイルド7’
‘猫目小僧’ 、松本零士 の ヒット作 ‘銀河鉄道999’ などが 連載されます。
1968年には、集英社が 週刊 ‘少年ジャンプ’ を創刊し、永井豪や本宮ひろ志などの
多くの 戦後、第二世代の人気 漫画家を 輩出しました。
この頃、確か 50円玉 を握りしめて 週刊マガジンを 買っていた様に 記憶しています。
続いて 1969年、‘少年チャンピオン’ が創刊。
‘ブラック・ジャック’ ‘ドカベン’ ‘がきデカ’ ‘マカロニほうれん荘’ ‘750ライダー’などの
大人気作品が 連載されます。
子ども心に 永井豪の ‘あばしり一家’ には、‘ハレンチ学園’ をも 超える 大衝撃を
受けました・・・・・・懐かしい。
同年、週刊少年マガジンの弟分として 週刊 ‘ぼくらマガジン’ が創刊。
石ノ森章太郎の ‘仮面ライダー’、梶原一騎・辻なおきの ‘タイガーマスク’
さいとう・たかをの ‘バロム・1’、吉田竜夫の ‘ハクション大魔王’、赤塚不二夫の
‘天才バカボン’ などが連載されました。
1976~1980年は、第三次漫画ブームと いわれ、この時期に 連載を開始した
漫画は、‘はいからさんが通る’(少女フレンド)‘キャンディ・キャンディ’ (なかよし)
‘俺の空’(プレイボーイ)‘ガラスの仮面’(花とゆめ)‘こちら葛飾区亀有公園前派出所’(ジャンプ)
‘銀河鉄道999’‘地球へ・・・’ ‘うる星やつら’(サンデー)‘キン肉マン’(ジャンプ)
‘釣りバカ日誌’(ビッグコミックオリジナル)などと、今でも お馴染みの 作品ばかりです。
1984年、ついに 漫画雑誌の総発行部数は、10億部に 達します。
特に、週刊少年ジャンプは、人気作に恵まれ、‘キャプテン翼’‘キン肉マン’ ‘北斗の拳’を 連載
更には、後に 単行本の売り上げ、世界一を記録する ‘ドラゴンボール’の 連載が始まり
発行部数 400万部を 超えました。
しかし、その後は、低年齢層の 漫画離れが進み、少子化の影響もあってか 1990年代後半以降は
少年・少女誌の 売り上げが大きく落ち込み、青年漫画誌が 最も市場を 占めているのだそぅです。
そう言えば・・・ ‘冒険王’ や ‘ぼくら’、などと いった 月刊誌も ありましたよね。
紙の付録が いかにも 魅力的でした。
ヒモで 閉じられいて、立ち読みも 出来ないやつ。
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