よもやま話

蛤(はまぐり)

春色の候。
いよいよ、春も本番ですね。
このところの 陽気に 桜の花も 一気に開花。
今週末は、早、桜吹雪の下での 花見となって しまいますかね?

さぁ、「シュウプロの よもやま話」
今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

‘ハマグリ’
これからが 旬 な貝です。

縄文時代貝塚からも ハマグリの殻が大量に出土する事から、古代の人々の
食生活を支えていた事が判ります。
ちょうつがいの所に 凸凹があり、同じ貝の殻しか、かみ合わない事から ‘貝合せ’       
といぅ遊びにも使われました。
海を凝縮した様な香りと、バランスのとれた旨みが いいですね、ハマグリは。
しかし、日本を代表する貝と言われながら、近年、各地の天然ハマグリは
激減しているそぅです。

これに変わって、外洋性のチョウセンハマグリや、韓国北朝鮮中国から輸入され
国内で蓄養されて 出荷される シナハマグリと いったものが、市場を占めているとか。
チョウセンハマグリは、1,000t 程度で、これに対して シナハマグリの輸入は
25,000t も あるそぅです。

チョウセンハマグリは、茨城県鹿島灘宮崎などが、主な産地だそぅですが 
現在、日本で天然のハマグリを採っているのは、有明海周防灘(大分)伊勢湾だけ。
この時季、2月~4月です。

ハマグリは、吸い物クラムチャウダー鍋ものの具、酒蒸し焼き蛤佃煮
土瓶蒸し串焼き寿司など、幅広い料理で利用されていますよね。

貝類の旨みの特徴である コハク酸に加えて、グルタミン酸グリシンなどの
アミノ酸旨み成分が バランス良く含まれています。
その他 ハマグリには、アサリシジミと同様に、アノイリナーゼといぅ
ビタミンB1を壊す酵素が含まれていますが、この酵素は 加熱すると
働かなくなりますので、ハマグリを生で食べる事は 避けた方が良い様です。

日本には、ひな祭りに ハマグリを食べる風習がありましたよね。
これは、ハマグリが 元々の組合せ以外の貝殻とは、ぴったり
かみ合わないことから、‘良い伴侶(旦那)に、めぐり合える様に’との 願掛けで
あると考えられています。

ハマグリといぅ言葉は、浜辺にあって、栗と形が似ている事から、‘浜栗’と呼ばれた
とされる説や、石ころを クリと呼ぶ事から、‘浜にある石の様な貝’と言う意味で
ハマグリと呼ばれた、などの諸説があるそぅです。

また、非行に走る事を ‘ぐれる’と いいますが、この言葉は、ハマグリに由来する
のだそぅですね、既に 江戸時代から 使われているのだとか。

ハマグリの貝殻は、貝合わせの遊びにも使われる様に、ペアになっている殻以外とは
ぴったりと形が合わないといぅ事から、‘はまぐり’ の倒語として  ‘ぐりはま’ といぅ
言葉が生まれ、食い違って合わない事を意味する様になります。
これが、次第に ‘ぐれはま’ に変化し、さらに ‘ぐれ’ と略される様になりました。
そして、この ‘ぐれ’ が 動詞化したものが ‘ぐれる’ です。

(ハマグリ)、浅蜊(アサリ)、牡蠣(カキ)、(シジミ)など、貝を表わす
漢字には、虫偏がつくものが多くありますよね。
これは、漢字が作られた中国では、‘虫’ という概念が広く、 この中には、昆虫以外にも
貝類(エビ)、(カニ)、(タコ)なども 含まれているからです。

蜃気楼(しんきろう)と言う言葉の ‘蜃’ の字にも の字が入っていますよね。
このとは、大きなハマグリの事を意味します。
ハマグリは、移動する為に 粘液を海中に吐き出す事から、‘巨大なハマグリが出した
粘液の中に楼閣が現れる’ 
といぅ 言伝えが、中国では 伝承されて来た事に由来して
蜃・気・楼と呼ばれる様に なったのだそぅですよ。

 

春分

春分の候。
‘暑さ寒さも 彼岸まで’ 
などと いわれますが、今期一番の 大雪に なるかも?
なんて 予報も聞かれる 今日この頃。

「シュウプロの よもやま話」
今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

本日 21日
は、‘春分の日’

昭和23年‘国民の祝日に関する法律’により、春分の日
‘自然を たたえ、生物を、いつくしむ日’ と制定されました。
春分の日は、元々、1947年までは、‘春季皇霊祭’といぅ 祭日でした。
皇霊祭(こうれいさい)といぅものには、春季皇霊祭秋季皇霊祭とが
あり
まして、明治11年(1878年)に、それまでの歴代天皇や
主たる皇族の
忌日を に 纏め 奉祀したものです。
現在は、‘国民の祝日に関する法律’により、それぞれ春分の日秋分の
改められました。


春分は、3月21日頃(21日 または、20日)
秋分は、9月23日頃(23日 または、22日)と、あいまいにしか書いていません。
といぅのは、天体の動きを観測した結果で 変わってくるらしいのです。

毎年、東京天文台が観測して作成する暦象年表といぅ 小冊子に基づき
議で決定 されます。
これが 官報によって公報されることによって、毎年、2月1日に 翌年の暦が
正式に決まります。
この様に 祝日としての 春分の日秋分の日は、人為的に閣議で決定されるものですから
計算で求めるといぅ訳には、いかないのだそぅですよ。

さて、
‘春分’は、二十四節気の1つ。
太陽の中心が春分点(天球上の赤道を太陽が南から北へ横切る瞬間の交点)に達し
全地球上の、
昼と夜の長さがほぼ 等しくなります。
この様に、昼と夜の長さが同じになる、と言われますが、実際は、昼の方が
長い
のだそぅです。
日本で 昼夜が、ほとんど等しくなるのは、春分より3日前だそぅですよ。
この日を境にして、夏至までの間、昼間が徐々に長くなり、夜が短くなって
きます。

  

 


玉筋魚

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

さて、今日の話題は、今がだそうです、‘玉筋魚’
なな、なんなんでしょうか?(汗)
いきなり、タッタマキ○?いや、タマスジ ウオ!?・・・(笑)
どれだけの方が、どれだけのものを想像したのでしょうか!? 拍手喝采!!

‘玉筋魚’は、‘イカナゴ’ と読みます 魚で ございますよ。
であれば、聞き覚えは、ありますよね?
名まえは ‘糸のよぅに細長い小魚’といぅ意味の古語に由来し、その名まえの通り
成魚でも 太さ2cm 
長さ10~15cm程の 小さな魚です。
‘コウナゴ(小女子)’ とも 呼ばれます。


冬の奥秩父

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

皆さんは、この時季の奥秩父に、こんな名所があったのを ご存知でした?

その一つ、奥秩父の冬の名勝、‘三十槌の氷柱(みそつちのつらら)’は 
大滝地域の冬の厳しい寒さの中、岩清水が凍り、創り上げる氷のオブジェ
一年の中で最も寒さの厳しい、1月中旬~2月中旬に かけて見頃を
迎えるそぅですよ。

秩父市大滝三十槌地区では、二瀬ダム下流の湧き水が氷結して、見事な
白い彫刻を作り上げます。 
高さ7mの崖から滴る、湧き水が凍って出来る 自然の造形美で
50mに 亘って 連なっています。

大滝観光協会では、
大滝氷まつりと題し、期間中、荒川源流の大自然に
かび上がる、三十槌の氷柱を 夜間ライトアップしています。
昼と夜の違った二つの氷柱の姿が満喫 出来るそぅです。

そして、もう一つは、中津峡・出合の ‘氷の滝’ 
大滝・中津峡持桶トンネルを抜けた所にある ‘出合’ といぅ場所の絶壁
高さ約50mを超える ダイナミックな ‘氷の滝’ が徐々に姿を現します。
断崖絶壁に描かれた自然が 作り出す氷の芸術は、実に見事だ そぅですよ。


恵方(えほう)巻き

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・


節分

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

2月3日は、‘節分’ですね。

元来、節分とは、‘季節を分ける’ 事から ‘節分’と いわれます。
現在では、節分と いえば、立春前日だけを指す様になりましたが
季節の始まりを示す、立春立夏立秋立冬の 前日は、いずれも
節分なんですね。

現在の様に、立春の前の節分が 特化されている理由は、旧暦の時代では
‘立春正月’ などと いい、一年の始まりを 立春付近に求めた事から
その前日は、年の最後の日と いぅ意味合いを持ったと考えられます。
この様に、年を分ける節分と いぅ事で、他の3つの節分より、重要な位置を
めたのでは ないかと思われます。


天然氷

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

皆さんは 秩父・長瀞の 冬の名物詩・・・ご存知ですか?

宝登山の北を流れる、沢の源流水を真冬に凍らせる 平安時代から続く、伝統的な
製法を今に伝えている、‘天然氷の切り出し’です。
切り出した氷は 氷室へ貯蔵し、夏のかき氷として出荷されます。


百人一首

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

皆さん、お正月は どの様に過ごされました?
最近では、ほとんど見られなく なってしまいましたが
昔は、子どもたちが集まると、男の子は たこ揚げ や コマ回し、女の子は、羽根突きなどで
遊んだものですよね。
室内では、かるた取り で楽しんだ方も多いのでは ないでしょうか?
ふと、私が 遠い昔の記憶で 思い出したのが  ‘百人一首’歌がるた

よく知られている遊び方の ひとつは、「散らし取り」と呼ばれるもの。

百枚の取り札を散らして並べ、一人の読み手が読み始めた歌と同じ取り札を素早く取る
といぅルールです。

また、「坊主めくり」では 歌と関係なく、順番に取っていった読み札に描かれている絵が
男性か 女性(姫)か、あるいは、坊主かで手元に ためられる札の数が大きく左右されます。
特に、坊主の札の中でも「蝉丸(せみまる)」の札が出ると、全員が手元の札を戻さないと
いけないといぅルールも あった様です。

そんな強烈なルールの為か、百人一首と いえば蝉丸、といぅ印象の方も いらっしゃるのでは?
実は、この蝉丸といぅ人物のことは 詳しく分かっていませんが、味わい深い歌を残しています。

「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢(あふ)坂の関」

それぞれの思いを抱えて、旅の途中に行き交う人々の様子を 呼んだ 歌です。

さて、この百人一首、平安時代末期から鎌倉時代を生きた 歌人
藤原定家(ふじわらのさだいえ・ていか)が 選んだものと されていますが、そのきっかけは
ご存じでしょうか?

実は、武将であった宇都宮蓮生(うつのみや れんしょう)が、京都嵯峨の小倉山(おぐらやま)
にあった 別荘の襖(ふすま)の装飾として、色紙の作成を 定家に 依頼したのだそぅです。

定家は、飛鳥時代から鎌倉時代まで、およそ600年間に わたって詠まれた和歌の中から
百首を選び 色紙に したためました。
その時、定家が住んでいた山荘もまた、小倉山にあった為、後の世になって「小倉百人一首」
として 人々に 広く知られる様になったといいます。

最近では、「ちはやふる」 といぅマンガや映画が 話題に なりましたね。

すっかり、デジタルな時代と なった今日ですが、古き 良きものは、先の時代まで
引き継いで いきたいものですね。 


一升瓶


二八そば


「シュウプロの よもやま話」

今日も、気の向くまま、よもやまに つづって いきたいと思います。
さて、今日の話題は・・・

年越しと いえば
細く長く 「健康長寿」「家運長命」などの 縁起を かついで 食べるよぅに
なったといぅ 年越しそば
今年は、家族に自前で作った 手打ちそばを ふるまって やろぅじゃないかと
かっこつけたいと お思いに なっていらっしゃる あなたに・・・


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